スマイルソックス~もう一つのお話~ リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ - 5月 27, 2019 この投稿をInstagramで見る 前回の投稿で、 マクドナルド・トーナメントとスマイルソックスについて縁のある大会と書きましたが、その中のストーリーを1つ。 長文になりますがお付き合いください。 長男のチームは昨年6月の市夏季大会を優勝して、その年から始まる「都知事杯第1回マクドナルド・ジュニアチャンピオンシップ」に出場を決めました。 その後も他大会を勝ち進む中、娘が一般病棟での急変からICUに運ばれて、もしかしたら今日が最期かもしれないと言われ家族全員夜の病院に駆けつけました。 何とか一命を取りとめましたが、危険な状態には変わりなく、呼吸器を付けて寝かせていなければなりませんでした。 その日の2日後には野球大会の試合がある事は分かっていましたが、私達は親として「妹が危険な状態が続いている時に野球に行かせてはダメなんじゃないか?」「きょうだいはICUには入れないが病院には居させた方が良いのでは?」と考えました。 それが、「普通」だと思っていました。 その胸の内を、娘の担当だった「CLS(チャイルドライフ スペシャリスト)」さんに相談しました。 CLSさんからは「野球に行かせてあげても良いと思います。きょうだいにはきょうだいの生活があり、できるだけ普段の生活をさせてあげてください」とアドバイスを頂きました。 CLSさんには、この闘病生活の中で娘やきょうだいだけでなく、私達親も多くの事で助けられていました。 何か選択肢が出た時には「どちらを選んでも正解です。お父さんお母さんが十分に考えて決めたのであれば間違いではありません」と背中を押してくださいました。 私達は何かあった時はその時に対応しよう、と決めて長男を野球に行かせました。 そして長男は急変の起こった2日後の大会準決勝でホームランを放ち、翌日の決勝をチーム一丸で戦い優勝旗を手にしました。 そしてホームランボールをICUで眠り続ける妹の元に届けたのです。 長男は「妹が力をくれた」と言いました。 その決勝4日後に娘は目を覚まし、奇跡的な回復力で一般病棟へ戻る事ができました。 一時は「もし目が覚めても呼吸器は外せなく、もう声を聞く事はできない」とまで言われていた状態から本当に奇跡の復活でした。 その後、市秋季大会など試合が進む中、9月末に娘は空に還ってしまいます。 また改めてお話しますが、急変の後に私達家族は「きょうだい支援」も含めて何度も「ふり返り」を行なって「娘が亡くなる時」の心の準備をしてきました。 「まだ生きているのに亡くなる事を前提で考えるの?」と思う方もいらっしゃるかと思いますが、その時を迎えた当事者の経験からすると、心の準備は「必要な事」だと思います。 その心の準備があったからこそ、長男は妹が亡くなった1週間後の試合でもホームランを放ち、大会も勝ち抜き優勝。 妹のお仏壇の前にホームランボールと優勝メダルを置く事ができたのだと思います。 そして、マクドナルド・ジュニアチャンピオンシップへと繋がるのです。 4年間の闘病生活の中で長男・長女も何回も病院に足を運び医療スタッフ、共に病気と闘うご家族と触れ合う中で多くの事を学びました。 その中で「マクドナルドハウス」の重要性も十分に理解していたと思います。 2年に渡ってスマイルソックスを履いて行進をする長男。 この会場で誰よりもこの靴下の意味を分かっていたのでないかと私達は思っています。 #きょうだい支援 #スマイルソックス #チャイルドライフスペシャリスト #backhomeproject2018 BACKHOMEprojectさん(@backhomeproject)がシェアした投稿 - 2019年 5月月27日午前2時09分PDT リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ